- あつかましい人 -

 
子供の頃は、いるかいないかわからないと言われるほどおとなしかった。
そして、なにより内気で恥ずかしがり屋だった私。
小学生になっても、知らない人にものを尋ねるなど、とても出来なかった。
歯医者の待合室で、自分の名前を呼ばれるのを待ちながら、日がな一日待ちぼうけだったことがある。
席をはずしている間に呼ばれてしまったのがあとからわかったが、なにせ「ネコガワラですけど、まだでしょうか。」の一言が言えないのだから、ひたすら待つしかなかったのであった。
そんな可愛らしい少女も今は昔―――――。

なにせ三十路を過ぎると女は強くなる。
十代や二十代とは比べ物にならないほど、いきなり強くなる。OLならば会社での立場もそうかもしれないが、それよりも一番顕著なのは、公共の場において遠慮がなくなるということである。

それは先月の出来事であった。
その日は会社で大変腹の立つことがあり、私はむかつく胸を押さえ家路をのしのしと急いでいた。
夕飯の支度も面倒だったしヤケになっていたので、お金もないくせに外食して帰ろうと思いついた。
駅前に「韓国料理」という看板を見つけたので雑居ビルの2階に上がってみるとそこは女性ひとりではいかにも入りづらそうな韓国居酒屋である。
「だからなんだ。ひとりで居酒屋に入って悪いか」とぶつくさ言いながら、勢いにまかせてお店のドアを開ける。カランコロンとこれまた予想通りの音とかったるそうな女主人に出迎えられカウンターの隅にとりあえず座る。
もうヤケクソだったので生ビールの大とビビンバとチャプチェ(春雨の炒め物)を注文し、ひとりグビグビと飲んでは食い、おまけにビールのおかわりまでしてしまった。
そしてお勘定をしようとしたところ、お金が足りないことに気がついた。(お勘定は3150円だったのに対し、有り金は2700円。)カードも使えないようだ。
仕方がないので、
「手持ちが足りないんです。一緒に銀行まで来てもらえませんか?」と女主人にお願いするが、困惑した様子。
「では名刺を置いて行きましょうか?」と言っても、
「うーんどうしましょうね」と女主人。
(ちなみにその小さな店には団体客が入っていて、私は注目の的であった。)
とりあえずあるだけ出して、「これしかないんです」と有り金を全部出すと、彼女は「じゃあそれでいいですよ」と言ってくれた。
私は「すみません、すみません」と平謝りであとずさりしながら店をあとにした。
とたんに、解放された気分になり、階段を2段飛びで駆け下りた。
若い頃なら恥ずかしさで自己嫌悪にもなったろうが、今やこれくらいのことでこたえる私ではなかった。
それどころか得したような気分になり、「ぐふふふふふ」と不敵な笑いを浮かべてスキップしながら家路を急いだのであった。
このようなプチ食い逃げをしておいてラッキーとか言ってる恐ろしい女。
女はこうしておばさんになっていくのか。

こないだはもっとすごい事をしてしまった。
スーパーで買い物をし、会計をすませ、山盛りの買い物カゴを抱えて、中身をビニール袋に詰めかえるために台の方へ移動したが、なにせ混んでいて空いたスペースがない。仕方なく左手で荷物を抱えたまま片手で袋に詰めていると、卵がすべり床に落ち、10個のうち半分が割れてしまったのだ。
ああ〜もう!!
こうなったのも混んでいて台が空いてなかったせいだ。やおら腹が立った私は、またものしのしとレジに向かった。相変わらず混んでいるがお構いなしに店員さんに訴えた。
「あまりの混雑で、台が空いてなかったんです! それで、片手で品物を詰めていたら卵を落としちゃって!(と割れた卵を突き出す)取り替えてもらえませんか???」
私の勢いに最初から圧倒されていた哀れな若い店員さんは、多少おびえながら、
「ど、どうぞ」と言った。
いくら混んでいたからといって、片手で品物を詰めていて卵を落としたのは誰のせいでもない、私のせいである。そこまで店に責任をとれというのはおかしいかも…・
しかし、物事なんでも言ってみるものだな。
こうして店員さんの許しを得て新品の卵と取り替えたのである。
わははははははは!!!!

果たして。
女性は年と共にあつかましくなるよう、遺伝子にインプットされているのか。
歯医者で日がな一日待ちぼうけだった、可愛かった頃は今は昔。(遠い目)


2003年3月

 
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