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三橋 順子 の 詳しいプロフィール
プロフィール

21歳のころ、心の中の「もうひとりの自分(女性人格)」の存在に気づき、30歳で初めの異性装を経験し、35歳から「女装クラブ」に通い本格的に異性装の技術を習得する。1992・93年には「全日本写真女装コンテスト」の最多得票賞を連続受賞するなど「競技女装(女装者のミスコン)」の第一線で活躍した。
 
1994年8月、活動拠点を新宿の女装コミュニティに移し、1995年から自由でアクティブな社会性のある女装活動を目指す親睦団体「Club Fake Lady(CFL)」を主宰し、イベントや女装旅行などを企画するとともに、新宿歌舞伎町の女装スナック「ジュネ」やニューハーフ・パブ「MISTY」でゲスト・スタッフを務め、ホステスとして水商売世界の現実を体験した。
 
40歳のころから性別違和感に折り合いをつけながら、男性としての人生と「女性」としての人生の両方を背負うことを決意し、MtFTG(Male to Female Transgender)としての社会的活動を開始し、性的マイノリティの立場からジェンダーやセクシュアリティの問題に、テレビ、雑誌などのメディアや各種の講演会、座談会を通じて積極的に発言し始める。
 
そのライフヒストリーは、佐竹大心著『性の冒険者たち』(新潮OH文庫 2000年10月)収録のロングインタビューをはじめ、週刊誌やテレビ・ラジオ番組などで紹介されている。
 
1999年2月には「戦後日本〈トランスジェンダー〉社会史研究会」(代表:矢島正見中央大学教授)を結成し、トランスジェンダー(異性装・性転換)の社会史的研究に本格的に取り組み始め、同年10月には日本社会学会大会シンポジウムで研究発表を行った。2000年度には「三橋順子」として中央大学文学部兼任講師(社会学)に任用され「現代社会研究(5)」の講義を担当し、「日本初」のトランスジェンダー(女装)の大学教員となった。
 
その後は、中央大学社会科学研究所の研究プロジェクト「セクシュアリティの歴史と現在」の客員研究員(2002年4月〜2005年3月)となり、東京都教育庁の人権教育事業、フェミニストカウンセラー教育訓練講座、藤原和博氏(現:杉並区立和田中学校長)の「よのなか科」の授業などに協力。また、女性専用コミュニティサイト「サバサバ・ネット」(電通系)の人気コーナー「順子ママのクラブサバサバ」で人生相談を担当した(2001年2月〜2002年11月)。
 
さらに、台湾国立中央大学性/別研究室主催の「国際ミニシンポジウム:跨性別新世紀」(2003年12月:中歴)、第1回アジア・クィア・スタディーズ学会(2005年7月:バンコク)、第4回アジア・カルチュラル・スタディーズ学会(2005年7月:ソウル)など海外の学会に招かれ、日本のトランスジェンダー事情について報告。また、国内では、国際日本文化研究センター(京都)の研究プロジェクト「性欲の文化史」の共同研究員(2003年4月〜2006年3月)となり、また、お茶の水女子大学非常勤講師として専論講座としては日本初の「トランスジェンダー論」の講義(2005年度後期)を担当した。
 
現在は、国際日本文化研究センター 共同研究員(「性欲の社会史」研究会)、早稲田大学ジェンダー研究所 客員研究員、多摩大学非常勤講師(トランスジェンダー論)として、トランスジェンダーをめぐる社会・文化史の研究と著述に没頭する傍ら、関西性慾研究会、お茶の水女子大学「映像とジェンダー研究会」などに参加して、広くジェンダー&セクシュアリティの社会・文化史研究を行っている。

趣味

着物。女性の着物仲間と一緒に遊びながら「着物の社会史」を勉強中。

宝物

パートナー(女性)と一人息子。